2010/12/31

大晦日

今年も今日で終る。
大晦日。
お盆は何もしないから楽ちんで迎えられるからいいんだけど、お正月だけは昨日の餅といい役割があるから好きじゃない。

で、大晦日の私の仕事と言えば、
まず朝これを作る。
























これは迎春用の飾りに使う。
神党の流れかな。
何に使うかと言うと、松飾り。

























門松なんかを作ればいいのかもしれないけど、ウチでは太古の昔から当主がすることと決まっている。その昔は、お節料理も作っていたそうだが、僕のじいちゃんが止めてしまったらしい。

そしてこれは、昨日の丸餅と一緒に飾る。























うちの今日の神棚。
山へ行って榊を切ってきて、一緒に飾るの。
ここに二組。
そして仏壇に三組。






















こうやって飾るのが私の役目。
意外に面倒だから、ここまでしなくてもいいと思うんだけど、止める勇気もない…。
ご先祖に申し訳ないような気がしてね。

そう、この中心に鎮座するご本尊が円空さん作。

2010年は今日でお終い。
これからお酒を飲んで今年の垢を落として。
垢を落とす意味なんかな、大晦日は夕方明るいウチにお風呂を済ますのもウチの風習。
ここを訪れてくれてるみなさん、お世話になりました。
まら来年も毎日更新を目標にやっていきますので、よろしくです!!

2010/12/30

嫌だな、って。

そう年末には思ってる。
と言うのは、後とか明日に出てくるんだけど。

で、今日30日は餅つき。
と言いながら、杵でつくわけじゃないから楽ちんなんだけどな。
生涯1度だけだわ、杵餅をついたのは。
それも40年くらい前かな。

















普通のこんな餅ならいいんだけど。
この飾り餅が手間がかかるのよ。




















これをキレイに丸めるのが、意外に難しい。
つきたての餅はしこたま熱いから手に載せてるのが難しいくらいだし。
と言うけど、うちで一番上手な私がこれをできない。
と言うのは、餅つき機から餅を小分けするのが熱湯に手を入れるような感じで大変で、それをもっぱら私が担当してる。
下手でもいいから手が欲しいのがこの時なんだけど、今日は何故か長男と二人だけだったから、仕方なし二人で作業して作ったのがこれ。

で、そろそろこの風習をやめようかなと思ってるのが、この花餅作り。
元々飛騨地方の風習なんだけど、 何故かウチの周りではこれを作ってる。
だからずっとそれをかたくなに守って、今日に至っているしだいで。

今年は誰も手伝ってくれなかったから、僕だけで仕上げた。この台木がその辺にはないし、第一何と言う木なのかも知らない。近くの道の駅に売られてるから、それを買ってきて使ってるだけ。
よその人には珍しいかもしれなけど、私にとっては単に面倒なだけ。
そろそろ止めてもいいかなって思ってる。
さすがに親父も許してくれるだろうから。
また今年の年末に、同じこと言って悩んでるんだろうねって、そう思うし。


2010/12/29

知らなかった…

これが、僕が今いる離れのベランダ。





















離れって言っても、車庫と農機具置き場の2階ってことだから、部屋としては22畳。つまり8畳2間に6畳の部屋があるだけだから、そうそう大きな物じゃない。
ここへ毎晩、私しゃブログを書きに来るだけなんだけど、全く知らなかった。
それは何かって言うと、これよ。






















足長蜂の巣があったのよ。
この時期だから、当然幼虫はいないし。
全部無事巣立ったようで。
これって夏から秋にかけて営巣するんだけど、蜂の姿すら見たことなかった。
まぁ被害がないからいいんだけど。
しかし、間違いなく盛りの時に見つけたら、きっと撤去されてると思うわ。
彼ら(彼女らか?)にしたら、とってもラッキーだったのかもね。

2010/12/28

桂昌寺

星宮神社を後にして向かった先はここ。
うちの、わが家の菩提寺なんだわ。
目的は、後で登場するけど。

しかし、数年前に新築された本堂をみる度に、いくら寄付したんだっけって思ってしまう。
下手なリッターカーくらい帰る金額だったなと。















ここの鐘つき堂。















見てわかるように、天上絵が掲げられてる。
これはお寺の地元の日本画家、小森松渓による絵だそうで。
大正時代の京都の画壇で活躍してたんだと。
実は、うちにも1対のふすま絵がある。と言っても大きな物でなく、床の間の天間のふすまだからしれてるんだけど。扱いが悪かったからネズミにかじられてたんだけど(笑)。
今は私の寝室の床の間にたててあって、地元で松渓展があったときに貸し出してるから間違いないはず。














これを真似して、本堂にも天上絵がはめ込んである。
こっちは岐阜在住の二科展なんかの入選者の絵だから、そうたいしたことないけどね。

うちの自慢してるんじゃないんだけど、この鐘つき堂の柱の根元には、















わかるかな?
瀧口桂之まで読めるかな?
瀧口桂之助って、僕のひい爺さんなんだわ。
それだけこのお寺に古くから関わってるってことなんだけど。

そして、もったいぶるほどでもないんだけど、撮りに来た写真は、















寒牡丹。
一刀斎さんも来てくれたことあるから知ってるように、このお寺は春の連休頃に2,000株の牡丹が咲き乱れる牡丹寺として名が通っている。
寒牡丹は十数株あるんだけど、こうやってコモ掛けされた風情のあるのは少ない。そして、ちょっと時期を逸してるから盛りが過ぎている。
コモ掛けされていないのなら、少しは元気なのがあった。















ま、春に普通の牡丹を見に寄ってやって下さいな。
その頃には、ウチの庭にも数株の牡丹がキレイに咲いてるけどね。


2010/12/27

星宮神社2

矢納ヶ淵を過ぎて、そのまま林道を奥へ歩いていった。


















こんな雪景色を愛でながら、ひたすら歩いた。
途中でこんな風景を、寒々しくも美しいなと感じてもいたよ。

















アマゴ釣りをしたた時なら、なんていい渓相なんだろうって感動してたと思うけど、今は釣りしてないし、第一ここいらはイワナの生息域だろうし、もっと言うと禁漁区だし(笑)。

もっと大きなのが撮りたいんだけど、昔と違って、つららも大きくなれないんかな?
正直50センチなんてのは、当たり前にあったけどな。


















そして林道を適当なとこで折り返して戻ってきた。
僕はある物を探して神社の対岸にある駐車場へ行ったんだけど、探し物は見つからずあったのはこの看板。
いよいよ高賀三山巡りと神社六社巡りをしたくなった。

























瓢ヶ岳登山と言えば、小学校5,6年の秋の遠足の定番だったし、何故か中学1年の秋の遠足でも登ってる。
高賀山は登ったことないけど、楽しそうで。
とは言え、1000メートルを超す山だし、多少トレーニングして調べて登らないとね。
この宮奥林道からも登山道があるらしいし、この駐車場からも登れるそうな。

そして、この看板の足下にこんな施設があった。


















しょんべん小僧ならぬ、しょんべん円空さんってことかな。
「円空の森水」というミネラル水ってことかな。高賀神社が高賀の深水で設けたから真似たんだろうけど、正直高賀の水の方が軟水でおいしい気がする。
でも残念なことに、高賀の水は有料になったんだと、水くみが。
でもここはタダだからか、行った時も数人が汲んでられたし。

お正月に汲んでいって、これでコーヒーでもいれてみようかな。
おいしいかもね。

で正直寒くなってきたし、次のとこへ行きたいからってことで、探し物はかみさんに聞いて次回にってことにして帰ろうとしたら。
渡るべき橋のたもとに句碑があった。


















円空和歌集なる物は知らないけど、何でもかんでも円空さんにかこつけて便乗しようとする気持ちがよくわかったわ。

そしてこの橋を渡って駐車場に行き、次の場所へ車を走らせたんですわ。


















この橋ね、写真には撮らなかったけど、アーチ橋なのね。
れんがを積んだような。
それをもっと見えるように、周りの木々を伐採すればいいのにって思った。
その写真は、また改めて。

2010/12/26

星宮神社1

今朝起きたら、ちょっと雪景色になってた。
ってことは、多少ちらついたってことね。
こりゃやっぱり、カメラ持って歩くんならってことで、かみさんの実家のある集落の神社へ。


















ウチの村じゃそれなりに歴史のある星宮神社。
後で出てくるけど、高賀三山の一つ瓢ヶ岳のふもとの神社になる。
洞戸の高賀神社と並んで平安末期の藤原高光の鬼退治の伝説に沿った神社で、江戸時代には修験者の集う所だったようで。
だから円空さんもここで修業して、幾多もの仏像を残してるんだよね。
そして、当時から私の家はあって、きっとその円空さんを援助したりしたんだろうね。
ウチの仏壇のご本尊は、円空作と認定を受けていて、県の円空仏のアーカイブにも登録されている。


















こんな立派なご神木の横を通りすぎて、そのまま宮奥林道に入っていった。
30年前は車で通れたハズの参道脇の道を歩いて、この看板通り歩いてみたいなと思っていた。
それは、もっと晴れて雪のない時にすることしして。

















意外に楽しいトレッキングになるかもしれない。
そして、そのまま林道を歩いていった。
次に目に留まったのが、


















これ、矢納ヶ淵という。
高光が鬼を退治した後に矢を収めた所とか。
その高光を鬼の所に案内したのがこの粥川谷にすむウナギということで、この集落の人はウナギを食べないって言われてる。
でも、ウチの人も親父さんもちゃんとうな丼は食べるし。
つまりは、この谷に住むウナギを獲って食べないってことのようで。
そりゃ昔は、この谷でお釜を洗うだけでウナギがご飯を食べに来るというくらいウナギがいたそうな。
でも、昭和48年頃のウナギの伝染病が長良川で流行ってからまったくいなくなってしまったとか。だから毎年、この淵にウナギを放流するらしい。

この滝は、そこそこキレイだったよ。
だから、次回は三脚を持っていって、スローシャッターで撮ろうって思った。
手持ちではこれが限界だったわ。




















明日に続く………。

2010/12/25

寒い。

一刀斎さんの期待を裏切って、ウチの田舎は多少白かったけど、街は全く関係なく普段通りだったよ。クリスマスモもう終るし、そうすると今年も終ることになるよね。
はてさて、どんな一年だったかな?

自分で若いなんて全く思いもしてないけど、今日は朝から筋肉痛もなく普通に過していた。ってことは、多少無理して山に登ってもいいってことだよね。もしかしたら、トレッキングに目覚めてしまったかもしれない。
他人の登山日記が、楽しくて面白くて仕方ないし。

と家人は、僕はいつも好き勝手してるって、ストレスの根源のような言い方をしてるけど。
この23日だって、ちゃんと家に帰ってお昼食べたら労働してたんだよ。





















これは休耕田の風景。
1年稲を作らないと、結局こんな感じに荒れ放題。
これでも300坪弱あるかな。
正直、これが嫌だから稲作をしているって言っても過言でないくらいだし。
だから、この荒れ地をトラクターで起こしてた。
終了後に裏の畑を耕耘機で起こしたから時間がなくなって、暗すぎて終った後の写真が撮れなかったからダメだけどね。
でも、途中の風景はこんな感じ。




















結局、草も種も皆漉き込んでるから、結局来年草が生えるだけで。
だから来年は、ちょっと草退治の労働をしなきゃいけないかもな。

てなことで、結局は無駄な労働なんだけど。
全部の田を作ってもいいんだけど、稲刈りが1日で終れないからそれは嫌だし。

さて、明日は多少天気はいいようね。
今年最後に、カメラ持って徘徊しなきゃ。
まずはあそこで咲いてるだろう花を撮って、そして神社巡りして。
って、だいたい決めてあるんだけどね。

まずはその前に、寝なきゃ…!!

2010/12/24

さすがにね

昨日歩いてる途中で見かけた風景。



















砂防ダムでせき止められた池にいた鯉。
冬だから、底にじっとして近づいても動かなかった。
しかし、こんな山の中でイタチに襲われないのかな?
話によると、違うところにも鯉の池があるようなんだけど、それは次に登った時の宿題として(笑)。

も一つ。

















見るからにシダの一種なんだよね。
この山は整備されてるから、所々に植物のプレートがかけてある。
そしてここには「ウラジロ」とかけてあった。
よく山で見かけるけど、これだけの群生は知らないな。
意外に珍しかったりしてね。

そりゃ、日頃歩いてるとはいえ、平地と山とじゃ勝手が違うし。
今朝筋肉痛で歩けなかったらどうしようと思ってたくらいだったけど。
でも歳のせいかな、今朝は何ともなかったんよ。
でも、午後くらいからふくらはぎがパンパンに張ってきてて。
今夜あたりこむら返りが起きるかもって思えるくらい。
こんな時は、ちょっと大目に飲んで朝まで即効で寝るに限るな。
そして今日はクリスマス。
多くの家庭がケーキを並べてってことなんだろうけど、わが家はそれがない。
あっても、私ゃ食べへんし、いいんだけど。
そのかわりに、毎年かみさんが勤務先からいただいてくるこれが今年もいただいてきてた。



















本日中のお召し上がり下さいって書かれてるけど、3人じゃとても食べきれないって。
明日の晩のおかずになりそうだな。
その前に、お酒のアテにさせてもらおっと(笑)。

2010/12/23

訣別

12月7日のここに、亡くなった彼女への訣別の登山のことを書いてる。
そして、今日それを実行した。
あれから、どこか適した山はないかなって探していて見つけたのが古城山。
”古城のふもと 梅山に…”とわが母校の高校の校歌に唄われてる山。
HPをいろいろ潜ってみると、意外や意外、名の通ったトレッキング向きの里山だと。
じゃここがいいやんってことで決めてて、年末で予定がない今日に決めていた。
ところが、急に先週に機械の搬入日に決まってしまって、仕方なく今日は朝から出社した次第で。そして、その帰り道に登ってみた。
美濃の曽代のグランドの駐車場に車を止めて着替えて、そしてトボトボと。
最初はね、















手前の低山が古城山と思ってたんだけど、それが、後ろの標高の高い山が古城山だったようで。歩きながら後悔しきり…。

そして、駐車場横にある、
















この案内に従って、懐かしい道路を駐車場を降りていった。
と言うのは、私が昔所属していた美濃市弓道連盟の道場がその先にあるから、もうわからないくらい幾度も通った道だったから。





















ここの横を通って、いよいよ山道へ。

いくらお昼前とは言え、まだまだ元気だから、すたこらさっさと、最初は歩いていた。












 そして、その登山道の入り口にこんな階段(はしご)が置かれていて、この登山道がいかに整備されているかを表しているようだった。
それは結局、最後まで裏切られることはなかったけど。

つえをつきつき、汗でべとべとになりながら登った先にあったのが。
















水抜きのヒューム菅が下世話だけど、この石掛がこの山が城山であったことを物語ってる。

そして中間の展望台に。

















200メートルに満たない小倉山を眼下にしながら、西方向を眺めてみた。
次は小倉山に上ってみようっって決めた。
そしてその後、一組の老夫婦のパーティーに出会い挨拶を交わしながらいよいよ頂上に着いた。
山頂に着くと、彼女のために買ってきたビールと、ロウソクと線香を置いて、彼女の冥福を亡くなった京都の方角、つまり西に向かってお参りをした。
僕的には般若心経をお唱えして、ビールを一口含んで、後は彼女に飲んでもらおうと土に蒔いた。



 記念に、ここの二等三角点の石柱の写真を撮ってきた。















そしてそのまま逆来たのとは逆の方向へ下山していった。
途中で、















これは東海北陸道。
古城山トンネルあたりかな。
何れにしろ、これで彼女への訣別、になるんかな?
寂しいけど、会える人じゃなかったから、これが精一杯。
何はともあれ、何度もそう言いながら下山したけど。
安らかに眠ってな。
合掌


2010/12/22

冬と言えば

冬と言えば、やっぱり柑橘系。
とは言え、今年はミカンは全部猿の胃袋に収まってしまって、一つもなってない。
ユズはまだぶら下がってる。
何れ料理に使うかユズ湯になるだろう。
お正月に皆が来た時にそうしてあげよう。

で、今が旬なのはこれ。















そう、ポンカン。
あまり食べておいしくないから僕はめったに口にすることないけど、それでも猿は食べにいらっしゃってた。これ玄関先の庭にあるんだけど、さすがに横に犬が繋いであるから昨今は来ないけどな。しかし、その10メートル咲きにあるザボンは見向きもしない。これが不思議。
消毒もなにもしてないから、そのまま食べてるけどね、ウチの人は。
意外にいけるらしい。
どうせならポンカン酒にでもしてくれたら、きっと飲むと思うけどな(笑)。








2010/12/21

今年も…

もう12月20日をすぎたんだもんな、早いよね。
一刀斎さんなんて、一生懸命に去りゆく季節(秋)にしがみつこうと、ここんとこ活動しているようで。
ならばと私も一つ。















ススキの枯れ穂。
風になびいてる。だから、意外に木枯らしにも合うから。
もう一つ同じのを。

















これは直立不動。
寒さに凍えて?
それはないな。
どっちにしても、1週間後にはほとんど種を飛ばして丸裸だろうな。
今雨降ってるから、それで落ちるかもしれない。

あぁ去りゆく秋よ
季節は着実に冬に向かって駆け足で
でも、私の心は今も凍りついたまま
誰がこの思いを解かしてくれるんだろうか…
春まで待てない、今この時に解かして欲しい
でないと、苦しすぎるから

2010/12/20

まだ降らないでね

昨日も今日も寒かったし。
でも、多少気温が高いからか、朝時雨れてるんだけど雪が舞うことはない。
そう思いながら戻ってきたら、何やら葉っぱが白いんだよね。

















まさか雪じゃないと思うんだけど、霜でも降りたんかな、白いのよ。
ヒトツバタゴのようにね。
カメラに納めてみたけど、真っ暗な夜にヘッドライトだけだからまったくわからないよね。
ま、まだまだ降らないはずだから。

しかし、冷え込むことは多少は歓迎かも。
昨日のゴルフ場の上り口に四国香りの山公園ってのがあって、これは一刀斎さんも何かで書いてたところだけど、今年の1月早々にそこで臘梅の写真を撮ってるから様子を窺いに寄ってみたのよ。まだまだツボミだけだったけど、咲いたらきっといい写真がとれるなって思ってみてた。だから、年明けにはここへ早朝霜のある時間から行ってみることにしてる。ここに載せなかったかな、僕の今年の一番のお気に入りの写真なのよ、ここの公園で撮ったのは。
それは撮れたら、またここに載せるから、しばらくお待ち下さいな(笑)。

2010/12/19

とっても寒くて…

今朝は多いに冷えたね。
美濃の山奥では雪が昨日舞ったとか。
私ゃまだ雪見てないのよ、ウチはそんなに標高高くないから(笑)。
でもね、今朝今年の初氷を見た。
写真撮ればよかったんだけど、何せこのクソ寒いのに朝一番のスタートのゴルフだったんで6時前の真っ暗な中出かけたんで、そんな余裕もなかったし。
-3度だったって、国交省の温度計は。

そんな中ちゃんと野郎どもは集まって、元気にスタートしていきましたわ。
このコンペの今年最後だから、夜忘年会があるんだけど、私ゃ遠いからパスさせてもらってるし、それが申し訳ないからお神酒代わりに1升お酒持参で、スタート前寒いから皆に振る舞って。
誰がのんべえか知らないけど、7時半からほろ酔い気分でスタートして、しっかり帰りには飲み干されてました(爆)

そんなんだから家に戻るのも早くて、2時には家に着いてた。
お日さまは高いし、まだ一仕事出来るやんってことで、先週のトラクターの続きしようかなと思いながら訳あってやめて、ボサボサ松の木の剪定をしてやりましたわ。





















この松の木は数年剪定してないから、もう見た通り悲惨な状態。
と言いながら私ゃ剪定の知識があるわけでなく、単に枝と葉っぱを切っていっただけ。
これだから松は嫌いなんよ、手がかかるから。
庭師に頼んだら数万円するんだろうし、これも金もうけって思いながら、松に誤りながら切りましたわ。
で1時間半後のこいつの様子は、





















日が落ちてきてるから、松の色らしくなってきてるけど、意外にさっぱりしたでしょ?
もう少し道具が良かったらいいんだけど。
これで誰かが文句言ったら、根元から剪定してやるもんね(笑)。

手前にもう1本あるんだけど、それもそれらしくしてやって。
で、観念して今日はタイヤを冬タイヤに替えました。
これが嫌いでね。
今日はしなかったけど、軽トラまで合わせると3台しなきゃいけないしで。
これで娘が戻ってきたりしたら、もう半日これで潰れることになるな。
ヤレヤレ…。


2010/12/18

それでいいよね……?

一刀斎さんが違うBBSでこう言ってた。
「約1年経った写真なんぞ新鮮味が無いとか、そんな事誰も思わないよね。。。」って。
そうなんよ、時期同じくであれば、何にも問題ないって僕は思ってる。
でも、既出の題材は使わないって、自分が主宰するBBSでは守ってる。
しかし、こう日曜に用事があったりすると、どうしても写真の手持ちがなくなるから、過去のデータを引っ張り出すことになる。
一昨年までは外付けのHDに仕込んであるから、それはいつでも見れるんだけど、それ以前はDVDにバックアップしてあるから、それを引っ張り出す必要がある。

てなことで、彼の力強い後押しのおかげで、以前撮った写真が日の目を見ることになった。
これは私の所有する山に立つ送電線の鉄塔。
たしかこれは、中部電力だったはず。





















これが女性のお股を下から撮った物なら問題になるけど、鉄塔を真上に見上げるのは問題ないでしょ。
大きくしてもらうとわかるけど、結構インパクとある。
高所恐怖症だから、僕は余計にそう思うのかも。
これを立てた時、いくら保証金がもらえたんだったかな。
僕が名古屋時代だから良く知らない。
でもね、この辺は中電と関電の鉄塔があるからわかるんだけど、関電の方が単価はいいよね。
でも、この地上数百メートルを渡ってる電線が、台風の時なんかにうなる音は、そりゃ深夜だと結構ブキミよ。
切れて落ちたらどうするんだろって、余計な心配してたりするくらいだから(笑)。