2014/08/21

東氏の歴史

篠脇城主 東氏。
和歌に優れていたことは書いたけど、八幡近辺も治めていた。

関ヶ原の少し前、一族の遠藤胤縁との間に内紛が生じ、東常尭は遠藤胤縁を暗殺。それに対し胤縁の弟の遠藤盛数は軍勢を集め八幡山に対峙。激戦の末、東殿山城は落城。常慶は戦死、子 常尭は内ヶ島氏を頼って逃げ延びたそうな。内ヶ谷氏の居城が帰雲城。かつてここのことは書いたはずだけど、改めて。


という写真があるように、行ってるんだよね。
でも、趾というような物はない。何故か。それは1585年に近畿から東海、北陸を巨大地震が襲い(天正の大地震)、金森長近との戦いを終えた酒宴の最中と言われているが、山津波で城もろとも埋ってしまったそうな。だから、そこで東氏も滅びたんだろう。
こうやって見ると、やっぱり篠脇城には行ってこないといけないな。そして、古今伝授の里を歩いて感じてみたいね、その時の風景を。

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