2011/03/09

松鞍山 2

まず、こんな山頂にしては立派な神社だった。

















赤いトタンがいただけないけど、それ以外は平地の神社と変らんヤン。
こんなとこまで、この鳥居をどうやって持ってきたんだろ?





















そして神社の裏には。

















三等三角点が埋められていた。

そしてその横には、

















白山遙拝所となってる。
確かに方角的にはこっちに白山はあるんだろうけど、今は木々が育って展望がないあからわからない。
里人はここまで登って、わざわざ白山を拝んだのだろうか?
つまりこの神社は、白山信仰のひとつだってことになるのかな?

2011/03/08

松鞍山1

前平までは昨日の通りで。
展望台を少し外れた所で座り込んで水分補給をしながらメールしてた。
展望台にいる面々が降りて行かれるようだったから、この先どこへ行くのか聞いてみた。
松鞍山へ行けるのかどうかわからなかったけど、彼らが降りたあとに付いていってみた。
迷っても降り付く先は想像出来たから。

ピークからは、意外に急な坂で、階段が付けられてるから降りられるようなもんで。
降りた最下点にこんな案内板があった。

















左(上松森)へ行けば松森の市営団地。
私と一刀斎さんのバンド仲間が住む公団の正面へ降りるはず。
下松森は私が車を止めた近くの道路へ出るはず。

これでもう迷うことないから、迷わず松鞍神社参道へ上がっていった。

これがまた、意外な急登で。





















途中の坂には、お節介にも登坂用のロープが張られてて。
それはそれで助かるんだけど、山へ登るって嗜好からはちょっと外れると思いながらつかまって上がっていくと、





















こんな岩にしめ縄が飾られていた。
うしろにある案内板を見るところによると、これは比丘尼(ビクニ)岩と言われるそうで、本来松鞍山は女人禁制の山だということを示しているとか。

















ここに書かれてる文章が読めるかな?
読めない人のために、書きだしてみるわ。

「むかし、行脚の尼僧が、この山に登り修業をしようとした。里人が、この山は女人禁制の山にて、氏子であっても成年婦女子の登山は禁止されていると止めた。しかし、尼僧は、たとえ女人禁制の山であっても私は、俗界の者とは違って修業した身であるから心配はないと登山を始めた。
ところが、境内地に一歩入ると穏やかであった天候も一瞬にして、雷電鳴り響き、大雨降り、山も崩れ、尼僧身動き出来ず、勇気も尽きてこの岩に腰かけ、そのまま岩に付着して死す」と今の世に受け伝えられている比丘尼岩が、この岩である。
注 この山は神聖なる山で、むかし女人は、幼年の内に登山社参し、先年婦女子は一切登山出来ませんでした。
しかし、近年に至っては成年婦女子も登山するようになったが、この岩には触れてはいけない。

と、この神社の宮司さんの名で記されている。
後で(明日かな)出るけど、白山信仰に繋がってるんかなって思ったわ。

この岩の前を通り過ぎると、頂上はすぐ。
そう思ってこんなところを登っていくと、頂上へ到達できた。





















そして、頂上には文字通り神社があって、そして、よくHPを参考にさせてもらってる『のぼろう隊』がかけられた山名の札が桧にかけられていた。

















標高316m。
山としてはたいしたことないけど、神社の参拝としては大変やなと、他人事ながら思ってしまったわ。

続く…

2011/03/07

前平から松鞍山

昨日は、お昼前にジャガイモの準備してて、お昼食べてる時にガソリンがカラなことを思い出して、今日から値上がりするってことだったから、ガソリンを入れに出かけたのよ。
ガソリン入れて帰ろうかなって思いながら、ここって松鞍山の近くヤンって思い出してた。

前野から、正面に松鞍山

















幸いトレッキングシューズ履いて出てきたし、道具は全て積んであるから、だったら登ろうって思い立って。
この辺が私の無鉄砲さで、無計画。
もっとも、何度も人の登頂記を読んでいて、毎朝出勤途中に眺める、昔拝ませてもらった誰かさんのオッパイのようなお椀を伏せたようなまあるい山姿に、かなり興味を持ってたのは事実で。
でも、しっかり登山口が把握できてないままなのが無鉄砲さたる所以で。
ここの近くの道路を通る度に、ここかなって目星をつけてたところがここ。





















札には御嶽神社と記されていたけど、しっかりした道があるように思えたからここから上がることに。
鳥居をくぐるとすぐ、





















道と言うより、水の流れた後のような坂を登っていった。
その後の林道らしい道を上がっていくと、社殿に出た。

















あまり手入れされてないのか、結構朽ちてきてた。
でも、今でもお祭りはされてるんだろうな。榊がくくりつけてあったから。

その奥にお社が。





















うちの山の神と同じような規模のお社やなと思いながら、脇を通って上に向かった。
そしたら、道、踏み跡が薄くなってきて、しまいにはこんなコシダの中を歩くことになってしまった。

















シダのあいだのかすかな踏み跡は、正直真っすぐの直登だったから、結構足にきだして。
低山だと思ってるから、ストックすら持ってないから、仕方ないけど。
そして、こんな道を歩きながらひたすら高度をかせいでいった。





















この岩場から振り返ると、関市方面が見えた。


















そうこうしながら、やっと尾根筋に出て、道は平坦に近くなってきた。
右を見ると、


















本来登るべき松鞍山の山頂が目線の高さに見えてきた。
ここまで来て、初めて道を間違えてたことに気付いて。

でも、この先のピークには人影が見えて、そうでもないのかなと思ってもいた。
やっとの思いでピークまで行くと、若いお姉ちゃんが愛想もなく迎えてくれた。

















後から知ったんだけど、このピークは前平(まえびら)展望台というところのようで、整備された歩道の一つだったよう。
それが証拠に、そりゃ西側の展望は良かった。





















ね、まるで足下を東海北陸道が走ってるようでしょ?
この下をトンネルが走ってるんだろうね、きっと。

ここへは、一刀斎さんの実家から歩いてこれるだろうし、きっと何かを知ってられるんじゃないかな?

2011/03/06

ジャガイモ

今日はジャガイモを植えたよ。

まず朝から畑を耕して畝をたてるんだけど、その前に基肥入れなきゃね。



畝の中心になるところに基肥を入れて。



こうやって、堆肥と化学肥料を入れてやった。
鶏糞とかでいいんだけど、あると思ってたらなかったもんで、化学肥料で代用。

いつもそうなんだけど、マルチを張ろうとすると風が吹くし。
手伝ってもらってちゃんと張りました。
これは草が生えないようにってことのための処置。
多少は地熱が上がるから効果はあるかもしれないけど。



そして穴を開けて、そこに後で種芋を植えましたわ。
意外にジャガイモは芽が出るのに時間がかかるから、しばらくはこのままほっておくし。
でも、植えるとこが余ったから、あと1キロ種芋買ってきて植えるつもり。

これで初夏まで待つわけで。
まだ畑は余ってるから、これからどんどん植えなきゃ。
今年は何を作ろうかな?




2011/03/05

狛犬

僕が狛犬に興味を持ったのは、去年の1月かな。
うちの神社の狛犬の撮影をしている時に、どうしてかなって疑問を感じたから。
先日の武芸八幡の狛犬もそうだったんだけど、この1年でいくつも見たけど、今回が初めてだった。
と言うのは、その時にも書いたけど、雄の方があめ玉をしゃぶってるように思えるのよ。















ね?
この口の中の丸いものが、子供の頃から何度挑戦しても取れない。
とは言えそこそこ丸いから、どうやって入れたのか、加工したのか非常に興味があったんだわ。
去年一刀斎さん達とのBBSにも掲載して話題にしたんだけど、誰も答えてくれなくて。
唯一返ってきたのが、どうせ、くっついてるんじゃないの、って心無いものだった。
だから意地になって、こんな画像を作ってみた。
















口元見て欲しいんだけど、ちゃんとあめ玉は動いてるでしょ?
どうしてあめ玉をしゃぶってるのか、その意味が知りたいんだけど、誰か知らない?
教えてもらえれば、40年以上の疑問が解き放たれるから。

2011/03/04

わかった!

先日20日に梨割山に登った時に、加治田城の近くでみた植物、名前がわからないって言ってたんやけど、覚えてないわな。
そん時の写真がこれ。















だれも教えてくれへんかったから、自分で調べた。
『一つ葉』と言うらしい。

関東以西に生息する植物で、岩場にも生息するんだと。
それでかな、先週古城山に上った時も、岩のところに生えてたもん。
山に登ってると、知らない植物に出会う。
だいたい、木の名すらわからない人だから仕方ないんだけど。
でも、そういうのを調べるのも、また楽しいかなって思う。
だから、必ずコンデジにしろカメラは持ってるんだから、興味の湧いた植物は撮ってみようって思うわ。
また、ここにもそんなのが載っけられたらいいなって思う。

これも加治田城の一つ葉。

その隣には

武芸八幡のよこには、お寺さんがあった。

慈眼山
と山門にはかかれていた。


















なかなか立派そうなお寺さんだった。

でも、この山門は神社のものかお寺の物かわからなかった。
上がってみるべきやったな。


















その隣に、こんな山門があったから、これは神社のかも?





















どっちにしろ、八幡さまだけでなくこっちの慈眼山だけでもわざわざ出かける価値のある気がしたな。
また何れ、そんなに遠くないからカメラ持って出かけるわ。

2011/03/02

そして…

林道をもっと奥に歩こうかなとも思ったけど、夕暮れも近づいてきてたから止めて。
そして、そこから車で5分もいかないところにある武芸八幡神社に寄ってみた。
たまたまそこの信号で道路工事の迂回路へ入らなきゃ行けないからって理由だけだったけどね。

まず目に入ったのが、狛犬。





















一般的にみるそれと、石が違ってる。
大理石のような感じで、なんでも中国製だとか。
雄の方は、うちの神社と同じあめ玉が入ってる。

















うちのもそうなんだけど、どうやって丸く加工したのかなって思うのよ。

そして対の雌。





















そして鳥居には、





















時間さえあれば、650メートル参道を歩いて社殿も見てきたかったんだけど、陽がくれてくるし、コンデジしか持ってなかったから、それはデジ一を持ってきた時にって思って止めた。

この神社については、たまにここにコメントを残してくれてるお友だちのたつくんのブログに詳しく書かれてる。
そこから無断(ごめん)引用するね。


ここ武芸の地は、信長が築城した岐阜城の鬼門(丑寅)の方角に当たるとかで、鬼門封じのために、信長によって手厚く保護されたとも言われています。
信長の後、信忠、信孝と織田家三代にわたって、「安堵状」がこの八幡社に納められていて、織田家がいかにこの地を重要視していたかが覗えます。


また、の信長の小姓であった森蘭丸の父、森可成の書状も保管されていて、武勇の神である八幡神への信仰の篤さが感じられます。


神社の中には、見てないけど、織田信長建立の「下馬標」や、八幡谷川に架かる趣ある石の太鼓橋があるんだとか。
信長と言えば、比叡山を焼き打ちしたりと神仏を恐れぬ信仰心のない人ってイメージなんだけど、この神社は信長によってここまで保護されてるんだから、そうでもないんだね。鬼門を気にしてるなんて、ちょっとおかしいし。

2011/03/01

落洞古墳 2

昨日の所を出て林道へ戻った。
ここを上がっていったら登山道かなと思いながら進むと、右手の林の奥に看板が見えた。





















何だろって思いながら、また図々しく入っていくと、そこも古墳の跡のようだった。




















たしかにこうやってみると盛り上がってるし。
それに、看板の下に少し見えてるけど、チェーンが張られてたような感じだった。




















そして、その丘の上には杉は植林されてなかったし。
熊笹も生えてない様子だった。
ただ、昨日のとこのようにはっきりとした洞穴があるわけではなく、チェーンの中にも入ってみたけど、普通の山だったし。
でも、このあたりは土着の豪族に治められていて、そこそこ繁栄してたのかなって思ったわ。

ここから少し離れたところに、ナビを点けてると何とか古墳群って出るから、そこにも行ってみようかなって思ってる。
その報告は、またあらためてということで。

しかし、昨日はこのブログを半分書いた所で、壁にもたれながら腕組みをして寝てしまったようで。ファンヒーターは3時間で切れるから、寒くて目を覚ますと3時半だった(笑)。
慌てて更新して、お風呂入って出たら5時近かったわ。
ベッドに転がり込んで寝たけど、今日は一日眠かった。
なんで、今日こそは早く寝るぞって思ってる。

ゴルフ帰りに

ゴルフの帰り道、いつも通る道なんだけど、いつも気になる看板を見かける。
権現山登山道、そしてもう一つ。
権現山はこの山のとなりの天王山と並んで、近々登りたいなって思ってる山。
なんで、様子をうかがいに看板に沿って車を走らせてみた。
何てことない林道なんだけど。舗装道が終った頃にまた看板を見た。

落洞古墳。
1月に行った塚原古墳とまではいかないにしろ、それなりに整備されてる古墳群があるんかなと思って、ちょっと寄ることにした。
前にここを見てくれてる会社の子に、ほんとうにどこでも入っていってしまう人なんですねって言われたことがあるけど、そのままこんなとこを入っていったのよ。





















そしてあったのが、これ。




















へーって思いながら、その脇の古墳を覗いてみた。






















こんなふうに入り口がしてあった。
その柵の所からフラッシュを焚けばとれるかなと思って撮ったのがこれ。





















単なる単純な洞穴やんって思った。
でもねは地元の豪族の墓だろうと言われていて、




















確かに、少し離れてみると少しだけ丘のように土がもられてる。
そうみると、確かに古墳のようだね。