山頂からの下山ルートは、こんな普通の山道で、私的には好きな感じで気持ちよく下りてこれたよ。
ただひたすら下りるだけのルートだったけど、意外にも30分で神社の本殿脇に出てきてた。
あっけないくらいだったけど、このルートで登るのはちょっと勘弁ってくらい急だったかもしれないな。
そして、下りてきてしまったから、大矢田神社を少しだけ紹介しておくね。
この天王山一帯は、泰澄大師が開山したとか。当然お寺だったってことなんだけど。
1870年(明治3年)、神仏分離・廃仏毀釈により牛頭天王を建速須佐之男命に戻して奉祀、大矢田神社に改称して極楽坊の社僧・真清氏が神官となる。
護摩堂・鐘楼・観音堂など仏教施設は廃されたが、唯一、楼門(仁王門)が残された。このため神社の中に仏教式の門が残っている。
ただひたすら下りるだけのルートだったけど、意外にも30分で神社の本殿脇に出てきてた。
あっけないくらいだったけど、このルートで登るのはちょっと勘弁ってくらい急だったかもしれないな。
そして、下りてきてしまったから、大矢田神社を少しだけ紹介しておくね。
この天王山一帯は、泰澄大師が開山したとか。当然お寺だったってことなんだけど。
1870年(明治3年)、神仏分離・廃仏毀釈により牛頭天王を建速須佐之男命に戻して奉祀、大矢田神社に改称して極楽坊の社僧・真清氏が神官となる。
護摩堂・鐘楼・観音堂など仏教施設は廃されたが、唯一、楼門(仁王門)が残された。このため神社の中に仏教式の門が残っている。
という由緒正しき神社ってことだね。
これが山門と言うか楼門なんだろうけど。
そりゃ厳かな雰囲気だった。
本殿奥には鏡が置かれてた。
何の意味があるのかわからないけど、立派だったし。
上の奉納の弓矢も立派だしね。
今ここは、ひんここ祭りと紅葉で有名になってて、それなりにおさい銭も集まるだろうから、これだけの社なんかを維持管理できてるんだろうね。
とにかく、歴史と言うか過去に感謝しなきゃ。
それが現生の我々の役目だね。
ここへ30分で下りてこれたのも、汗だくだったから、とにかく生ビールが飲みたいっていう下世話な思いだったのかもしれない。
神社にお礼参りをして、早速武芸川温泉へ車を走らせて行ったわ。
お湯はすべすべだし、ビールは美味しかったしで、とっても満足出来る登山だったわ。
















































