2015/01/31

岐阜権現山7

そう、この神社は、城跡に建っている。もともと、この山に興味があったから地図を見てたりして、城趾があるのは知っていた。だから、この偶然に感謝したよ。

長山城:土岐一族の長山氏の城、または城田寺城の戦いで自害した土岐元頼(長山四郎)の居城といわれているらしい。
土岐元頼とは、ウィキによると、戦国時代の武将。美濃守護土岐成頼の4男。母は側室。政房、定頼の弟。通称は四郎。美濃長山城城主。子に頼連。
父の成頼には長男政房がいたが、成頼は庶子である元頼を溺愛し、政房の廃嫡を考えるようになり、成頼によって元頼は守護代の斎藤利藤、小守護代の石丸利光らに擁立され、兄の政房も斎藤妙純の支持を受けたことにより両者は対立、明応3年(1494年)に家督争いが起こった(船田合戦)。
明応4年(1495年)6月、利光らと共に政房方と戦うが、敗れたため利光と共に近江へと逃れた。同年9月、父は隠居を余儀なくされ、家督と守護職を政房に譲る。しかし、その後も元頼は抵抗を続け、明応5年(1496年)5月に美濃に下国、隠居していた父の居城・城田寺城に籠城して再起を図るが、妙純の軍勢に包囲され、5月30日、利光は成頼らの助命を条件に切腹した。しかし、父は城田寺城から出たが元頼は許されず、止むを得ず自刃した。
というように、非運の武将だね。
土岐氏と言えば岐阜では有名な武家だし、守護職を務めた家柄じゃなかったかな?
元々は東濃が地盤だけど、岐阜まで進出してきてたってことだね。彼が活躍?したのは15世紀末、つまり室町時代か。
この先のリフレ芥見方面に降りると遺構が見れるらしいんだけど、ここで満足した私は、引き返した。今度来た時にここから降りてみるよ。
でもね、山としては岩山で斜面も急だし、なかなか攻め辛いところに建ってたと言えるな。平地は少ないから大きな城ではなかっただろうけど、下には井戸の後もあるようだから、ろう城も出来そうだし。

でも、結局は岩山だから基礎もママならず見捨てられたってことで(廃城だから)、価値がなかったのかな??

これを見れただけで、迷った甲斐があったってことで、私は意気揚々と来た道を戻ったんだよね。
これがあるから、低山が止められないんだよな…。

2015/01/30

岐阜権現山6

山頂を後にして、来た道を戻った。


これは山頂からの風景。霞んでて見えないよ。名古屋方面なんだけど。

少し歩くと老洞峠に降りる分岐に着く。ここから降りる予定してたんだけどな。でも、登りに道を失ってるから、是が非でも戻って探さなきゃって思ってた。
そこからは、横たわった木を探しながらなんだけど、暫く行くと、山頂で少し話をした人がいて、ここは岩ルートですよねって聞いてくるんだよね。わからないけど、そうでしょって答えて先に進みました。この先に神社ありますよね、とも聞かれたけど、確かそうですねって答えはしたけど確証はない。
私は降りるところを探してひたすら歩く。
こんなに歩いてないけどな、って思ってると、正面に神社が…。


あれれ?って思ったよ、戻り過ぎたようで。
芳野神社だとか。
いつものように頭を垂れてさい銭は投げないで、登山の無事を祈りました。


この石塔、天和四年とされている。
1683年頃かな。その頃からここに神社があったんだね。
歴史はすごいね、風景は何てことないところだけど、重みを感じるよ。

でもね、ここはもっと違う場所だったんだよね。
それは、明日にね。

2015/01/29

岐阜権現山5

槍岩を見下ろしながらふと左手(東側)を見ると権現山の山頂が。


アンテナが見えるかな?ここが山頂。
前回はそこそこ距離を感じたんだけど、今日は違ったね。
近いヤンって思えて、そのまま登ります。
すぐに縦走路との交差点に。右に入るんだけど、ここでまず、倒木を踏み越えたことと、風景を覚えておきます。テープ持ってれば付けていくんだけどね。

そこからいくつかの合流点を見ながら山頂に。
時間は12時頃。1時間とちょっとかかたな。




山頂には20名くらいの人が居られた。山のクラブの人が多いようで。
空いたベンチに座ってるとその方たちが帰られたので空いてきた。
ここで今日の昼ご飯。ランチパック1個とオニオンスープを作ります。軽量化のためにストーブも水も持ってこなかったから、テルモスのお湯で作ったよ。

休んでると東側(各務原権現方面)から何人か来られて、そのまま西に進まれました。
たかだか300m程度の山なんだけど、充実してたな。
1時近くなってきたので、降りることしにて、二等三角点にタッチして、来た道、西へ向かいました。

2015/01/28

岐阜権現山4

そう、見えたのはこれ。


これが槍岩。今日の目的。
それが意外にあっけなく着いてしまったから唖然!
どのくらいの展望化って言うと、


下に見えるのが朝車を停めたクリンセンター。
意外に急に見えるでしょ?その通りなんだけど。

これで当初の目的は果たせたんだから、ここで戻ってもいいんだけど、ここから山頂はわずか、なんで登ることにしたんだよね。
ざれた道を上に、ひたすら上を目指します。

2015/01/27

岐阜権現山3

さて、垂直に見える岩壁を登った先には、美しい娘が待っていました。

なんて、竜宮城やないんヤシあるわけない。

あったのは、次の岩(笑)。


ここにも↑があるし、登ろうかなって思ったんだけどやめて、下の部分をトラバースした。
岩に捉まって、カニの横ばいの如く、一歩一歩歩いただけ。
ふと西の尾根を見ると、下で会ったおじ様が岩をよじ登ってたよ。


正直、西の方が岩がなだらかだから登りやすいなって思ったんだけど、私はここまで登ったんだから上に行くしかないし。
上の写真の木のあたりをよじ登って、やっと平らな所に着いたよ。
そこにあったのは、………。

2015/01/26

岐阜権現山2

山登りしないひとでも、この山は知ってるだろう。
2002年、この山は日本中の注目を集めていた。13年前の4月、ここは火に囲まれていた。そう権現山火災の現場。今では色々な人の努力で樹木は生えてきてるけど、まだこんなのが残っていたりする。


わかるかな、木が炭化してるのが。撮らなかったけど、山頂にも炭化した木が横たわってたからね。
そのせいかどうかわからないけど、登山道の踏み跡が薄いんだよね。
それは入り口からずっとそうだった。最初の分岐は濃い方に進んだんだけど、気がついたら林道にでてしまって、間違えたなって戻って谷沿いを歩き大岩を巻いて上がっていった。先月に歩いてるから覚えてると思ってたんだけど、全く記憶にない世界だった。
それでも進んでいくと、先行者がいて一安心して。でも叔父様方は隣の尾根に向かわれたから私一人でこの風景を見て唖然としてた。


ま、垂直に近い壁。よく見ると(わかるかな?)赤ペンキで↑が上にのびてる。ってことはここを上がるのね、ってわかってとにかく取りついたよ。
見た目以上に凹凸があるから、足も手もかけられるから岩を掴み木にぶら下がりながら登っていった。
そして、上がった先にはもっと大変な岩場が出現。
おいおい、今日私は一人だよ、もし何かあってもどうしようもないなって考えてたら、足が進まなくなって(笑)。
でも、今の所を戻るのは嫌だしどうしようかなと一服しながら思案してましたよ。

2015/01/25

岐阜権現山

今日はここへ。


前に岩登りの訓練をしたところ。
そこへ単独で行ってきた、正直単独は危険だね…。

垂直の岩壁登りあり、道迷いあり、ってなことで、ヘルメット着用でね。
いつもの山と違って、足といってもふくらはぎが筋肉痛になりそう。それ以上に、なるはずのない腕がやばいな。右腕が言うこと聞いてくれなくなってる。
こういうところって、登るより降りる方が危険だから、登り1時間強、下り2時間弱って感じだった。

疲れたけど、楽しかったな。また行こう。

その模様は明日からね。

2015/01/24

香りの森公園

10日程前に一刀斎さんがここをゆずってくれてたから…。友情には感謝せなな。

朝クリニックに定期検診に行って、天気いいし家に戻りたくなかったからどこかに寄ってこようと思ってカメラ積んでたしで、関から向かった。
10時半頃着いてトレッキングシューズを持ってこなかったことに気付いた。
ドームのまわりだけうろつけばいいやって、Mをぶら下げてウロウロと。小川沿いの花を全部見てから写真撮ってみた。


まずはこれ、青空で良かった。
臘梅ってろう細工のようだから、ってことなんだけど、その質感が出せないんだよな。レンズも標準のしか持ってなかったからね。


こんな感じで満開で、いい香りが漂ってた。
でも、このレンズって、バックの花が丸ボケのような花のような中途半端でゴミになってる、ガッカリ…。


ちょっとCS6でアンダーにいじってみた。
もう少し真面目にしなダメだけど、根性がないから止めておいた。

これくらいかな、何とかお気に入りにできそうなのは。


ま、写真はこんなもんだけど、臘梅が見れてよかったよ。
それもこれも天気が良かったおかげだね。

靴忘れたから、今日は裏に登らなかった。
ここはツツジの季節に登ろうかな。

2015/01/23

サッカー

一刀斎さん ありがとな。
わかってるんだけど、自分で吐き出さなきゃどうしようもない時があるから、そうしたまで。
まだまだくたばらないよ、だから明日はクリニックに行くよ…(笑)。

で、標題のサッカー、負けちゃったな。
喜んだのはサッカー協会だね。アギーレ監督もそうかな?
と言うのは、監督が八百長でスペインで告訴されてるから、協会はクビにするつもりだったんだろうけど、それが優勝してたらそれも難しくなる。でも、こんなところで負けてたら、当初の目標をクリア出来なかったってことで、誰も反対しないからね。世間も納得するだろうし。

試合はあんなもんだろう。もっと早く同点に追いつかないからこうなってしまう。UAEなんて後半はシュートをほとんど打ってない。ってことは勝ち切る余裕があったってことやし、しょせんは点取りゲーム。相手が攻撃しないうちに取ってないから苦しくなる。
確かにコンディショニングの面で中2日はきついだろうけど、それをわかってるんだから対処しなきゃね。
仕事でもそうだよ、聞けばもっともらしい出来なかった理由を並べる。そんな事に頭使う暇があるのなら、出来る方法を考えて喋らんかいって思うもん。

こんなこと考えてるから疲れるんだろうね。
それを気をつけなきゃな…。

2015/01/22

疲れたよ

今日は疲れた…。
仕事なんだけど、仕事でないと言いたい。

定年まではまだまだあるな。
明日定年だったら喜んでるだろうな。

鬱の講演聴いてきた自分がそうなるかな?
一度それらしい風になって、一刀斎さんに精神科に行きなさいって心配かけたことあったな。ありがと、あれ以来そうはなってない。
だから、私には縁遠い世界だと思ってる。部下の何人かがそれで通院してるんだけど、どうしてそうなったのかわからない感じ。だから、講演聞くまでは本人の問題だと思ってたよ。でも、どうやらそうでないようで。

結局息を抜く術を持ち合わせてないだけ。
私がヘロヘロになりながら山に登るのは、その治療に当ってるって意味もあるんだと、自分では思ってる。だから、まだまだ登らなきゃ。
先日の高賀山のように、山頂から伊勢湾まで見えた時には、何もかも忘れられるんだよね。
だから、この週末は山に登ろう。
他ごとで紛らわせようと思ったんだけど、誰も相手してくれないから、仕方ないよな。
やっぱり、頼れるのは最後は自分だけってことやな。