2012/04/10

福地山 3

憮然平を過ぎ、尾根筋を山頂に向かって歩いていって。
御岳展望台ってことからは、今まで見れなかった御岳山の姿が拝めたよ。
そして、ヘロヘロになりながら、やっと山頂に着いた。

そこに待っていたのは、そりゃすばらしい北アルプスの大展望だったな。




もう、言葉の要らない世界だった。
去年の夏に登った独標から前穂、西穂、奥穂、笠ケ岳まで全てくっきり見えてたから。

これ、去年一刀斎さんと偶然?会えたロープウェイの山頂駅。


















山頂には三角点があるはずなんだけど、当然雪の下で見ることもできなかった。
あったのは、これ。


















まぁ、この世界は、ヘロヘロになりながら登った者にしか味わえない世界。
そこをほとんど我々が独占したことになってたな。

山頂まで3時間。
普通より0.5時間かかってるけど、雪山だから仕方がないよな。

とにかく天気に恵まれていうことのない山登りだったわ。


2012/04/09

福地山 2

焼岳の壮大な姿を見た後、そのまま登山道を歩いていって。
ところどころにある展望台からは、北アルプスの山々が垣間見られていった。

















そうして高度を稼いでいくと、ちょっと開けた場所に出た。

憮然平。
そこには、こんなシーンが用意されていた。

















これ、お地蔵さんでなくて石像。
えっと、篠原憮然という社会学者を祀ったものだそうで。

この平らな部分に庵を建てていたんだそうな。

この人の経歴を少し。


篠原憮然とは飛騨の山を愛した社会教育者「篠原憮然(しのはらぶぜん・明治22年~大正13年)」のことです。 代用教員として従事するかたわら青年会を組織するなど、全国を講演行脚し社会教育活動を精力的に実践。やがて、世の中に失望し「人界に師なし」として深山に修養の場を求め、大正3年に飛騨に入山。
その庵がここにあったんだろうね。

そして、

大正12年、無然に師事していた若い工女が大八賀川で投身自殺をした。無然の子を身ごもったためとの噂が流れた。
平湯の人たちは誰一人としてそれを信じる人はいなかったが、格好の話題と地方紙は取り上げ、人から人へと噂は増幅されて広がっていった。
彼は故無き作り話に言い訳や反論することなく、やがて飛騨を去っていった。

その後、東京や大阪で社会活動を続けていたが、心のふるさと飛騨への思いが募り、もう一度皆の待つ飛騨へ帰ろうと決心した。
大正13年1114日、無然は松本から平湯へ向かう事を決め、前日泊まった白骨温泉を小雪が舞う中、安房峠を目指して出発した。
途中で天気が急変して、激しく降り続く雪の中を腰まで埋まりながら歩き続けたが、安房峠を越す頃には、目が開けられぬほどの猛吹雪となり、辺りは闇に包まれていった。
疲労困憊し、朦朧とした意識の中で平湯の灯りを目にしてホッとしたのか、彼はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
大正131115日、志半ばで無然は36年の生涯を吹雪の安房峠で閉じた。

そんな地域に貢献した人を祈念してここに個人が石像を置いて祀ってるんだそうで。

雪のない状態だとこんなふうだそうで。





















いかに雪深いかわかるでしょ?

そこを後にして、最後の展望台からは、御岳山も見えたよ。
そして、北アルプスがこんな風に見え出してきた。




いいね、これ。
山頂からはもっといい風景が見れたから。

それは明日ね(笑)。

2012/04/08

福地山

今日は奥飛騨温泉郷の福地温泉のところにある、福地山に登ってきた。
先日の雪山のクラブの例会でだけど。

今日は朝からいい天気で、絶好の登山日和。
でもね、昨日、一昨日に雪が降ったようで、入り口から既に15センチくらいの新雪があって。

そうそう、車を止めさせてもらったところで、こんな朝市やってた。
















昭和って感じなんだけど、そのイメージがレトロって感じてしまうのよ。
その昭和生まれの私は、化石かなって思えた(笑)。
こんな施設もあるようで。
















いいね、何となく。
ここの温泉に泊まりに来たくなった。

登山口の横には、地元の人が作った氷壁があった。
毎晩水流して、ここまで育ててるんだろうね。ライトアップされるようで、きっと奇麗だろうな。
















登山道には新雪がしっかりあったけど、アイゼンもカンジキも付けないで靴のまま登っていった(これをツボ足と言う)。
標準時間が2時間半ってことだから、雪だし+1時間だろうなって思いながら、8時40分クライムオン。

人工林の中の九十九折りの道を30分ほど歩くと、焼岳展望台に着くんだけど、その以前から正面に焼岳が迫力で見えてきてた。




梢越しの焼岳、そりゃ美しかった。

空には雲一つなく、雪の白と青のコントラストがとっても良かったよ。

続く…

2012/04/07

春だね…。

春だね、あちこちで桜の話題が出るくらいだし。
一刀斎さんも我慢できなくなって、昨日あげてたね。

私といえば、まだまだ家の周りは春遠からじで(笑)。
明日は奥飛騨温泉郷近くに山登りなんだけど、冬の装備ってことだから、アイゼンとスノーシューを持って出かけるわ。

でも、今朝見つけた風景は、春だったし。




この時期は、この黄色が目立つから好きだな。
菜の花と、水仙とね。

そして、桜。
僕も我慢出来なかった。
会社の中庭に立派な桜があるんだけど、なんだか撮影させてくれって、人が午後に来てたみたい。

で、私は、去年もここに載せたけど、島中央公園の薄墨桜の孫の様子。



いいね、青空に桜の花って。

斜光で撮ってみたけど。

そして、咲いてたら一刀斎さんが喜びそうなシチュエーション。



山の武器で撮ってるんだけど、こんなデジカメでも茎の毛が撮れてる。
こんなディテールの再現が出来るとは思ってなかった。
これは今日の発見だったわ。

さて、明日は北アルプスの遠影がアップ出来たらいいな。

でも、きっと山道は雪だよ(笑)。

2012/04/06

拾った話題

すごいよ、本当にこの子。
ばぁばもこんな孫に育てたらいい。
もしかしたら、僕よりすごいかもしれない。

見てね

ね、すごいでしょ。
彼(彼女?)の行くすえはどんなんだろ???

2012/04/05

ノースポール

そうそう、僕が作った花壇にも花はあったんだよ。
チューリップの一人ばえもあるんだけど、数年前に植えたノースポールがね。
一人生えだけど、結局は。





















日の丸弁当スタイルですいません。
なんだけど(笑)。

でも、これって可憐なんだよな。
独りぼっちの僕には似合ってるかも。

2012/04/04

春の嵐

昨日は本当にひどかったね。

で、今朝は起きたら雪がぽっぽって降ってるんだわ。
おいおい、月曜に夏タイヤに替えたばっかりなのにって思ったけど、道路には積もってないからすり減った夏タイヤでそのまま出勤。
無事会社に着けたし(笑)。
でも、虹が奇麗やったな、撮らなかったけど。

でも、やっぱり春に近づいてるんだね。
かみさんの花壇はにぎやかになってきてた。



















すいせんに、これなんだったかな?





まず花が咲いてくれないとね。
桜はこの辺りではまだまだだけど、会社のはそこそこ咲きそうになってた。
この日曜辺りは見ごろかもしれないな。

そうそう、今年は入学式に桜があるかもしれないね。
って言うか、きっとあるよ。

2012/04/03

今日は春の嵐だね。
本当にすごかったし、風雨が。

3時頃だったかな、窓から見る風景は、横殴りの雨で。
これが雪だったら、先日の明宝だよなって思ってた。
その位きつかったから。

でもね、そんな中でも季節は春だよ。




















畑には、おなじみのエンゴサクが咲いてたから。
この色を見ると春だなって思うんだよね。

2012/04/02

今日の一コマ

今日戻ってから、このところ出来なかったから夏タイヤに替えて。
そして、かみさんの車に乗って息子を塾に迎えに行ったんだよね。
いつもなら帰りに拾ってくるんだけど、タイヤ替えたいから家に戻っただけなんだけど。

そして、うちから国道に出るまでの県道でのこと。




わかるかな?
ライトの先の白線の消えかけたところに居るものが。
これ、日本鹿。
最初道路端に立ってるから、誰がこんな暗闇の中に居るのかなって思って、もしかしたらオバケって思ったくらい。

そしたらスタコラ逃げ始めて、やっと鹿と認識したんだけど。

ここで鹿を見るのは3度目。
別に山にも食べ物はあるはずなんだけど、里に降りてきてしまうようね。
この道路では、猪も何度も見てるから、野生の獣の通り道になってるんかもな。

猿は珍しくないけど、鹿はあまり見かけないし。

何れにしろ、自然にあふれたところだって事だね。


2012/04/01

祭礼

今日は氏神様のお祭り。
朝7時過ぎから幟を立てて、9時半頃から神主の祝詞を上げてもらった。
去年もこの話題書いてるんだけど、まぁ毎年の事として許してもらうとするね。




みてわかるように、どこも同じだと思うけど。
海の幸と山の幸を飾るんだよね。

そして、皆で玉串を捧げて。
2礼2拍手1礼。

30分くらいで終るんだけど、そりゃ寒かった。
正座するから足はしびれるしね。

でも、これのおかげで皆が無事に過せるのなら、それはそれでいいことだから。

これを受け継いで行かなきゃいけないよね。


この本殿、この日だけは女人禁制。
昔は円空彫があったんだけど、盗難にあったそうな。
この辺一帯がそうなんだけど。

で、祀られてるのは  伊邪那岐命(いざなぎのみこと) だとか。
由緒は、『里俗の傳には養老年中越の僧泰澄其母と袖を携て当地へ来る。当時此の地は原野にして泊するに人家なし。依って二三の樹木の下に一夜を明かし、感ずる所あり て此の社を建立せり。故に此の地を母野と称す。然るに何の頃より大いに開墾の業を起こし従って人民移住して一村落を為し遂に氏神となせりと云ふ。』

なんだって。

これ、何れも神社庁岐阜支部のHPから引用。